(2015/11 取材)
長南 ITバブルの絶頂期に東京に戻ってきて、いきなりインターネットカンパニーの世界に飛び込んだんですか。
中垣 はい。実際にその世界に入ったら、ワード数枚の事業計画に時価総額が20億円付く、みたいなことがボンボン起きていて。地方にいても、どの案件に投資をしているかは分かっていましたが、あまりのギャップに最初は流石についていけなかったですね。
長南 最近はそのような投資も良いという風になってきていますが、実際にそれが良いか悪いかは別として、投資するサイドとしては、事業計画が分厚いものと薄いものとどちらが良いのでしょうか。
中垣 事業計画は分厚ければ良いとは全然思わないですが、シードラウンドに特化した投資家は別として、初めて起業しましたっていう人に対して紙だけでお金を出すのは正直言って難しいと思います。それは僕の能力の限界もあるのかもしれませんけど、アメリカで話をしていても、VCとしてまとまったお金を出すには、初めて起業する人であればまず一定の数字を作ってくるように言うケースが多いですね。ものすごくきらめいている人には、たまにミラクルな増資をしていますけど、本当にごく一部です。
長南 アメリカにおけるDRAPERでは起業家はシリアルアントレプレナーが多く、人間性や経営者としての才覚の評価もある程度できているから事業計画が薄くても良いわけで、日本だと起業経験がない人が多いから、少なくとも事業計画なりプレゼンテーションなりはきちんと詰めて来てほしい、という感じですよね。
中垣 おっしゃる通りです。だから、アメリカの若い人がやる時もやっぱりそこを見られますよね。逆に若い人がどうやって増資を引っ張ってくるかと言うと、「できると思っていないでしょう、でもやってみましたよ」って言って、BtoBのビジネスなら「すごいクライアントを捕まえてきました」とか、BtoCのビジネスなら「これだけユーザーを獲得しています」とか、そういう風にして売り込むことが多いと思います。今、僕らのファンドではエンタープライズ・ソフトウェアとインダストリアル・テックの会社をいくつか見ているのですが、BtoBのビジネスなので、若い人よりも経験のある人が創業者である方が説得力はあります。もちろん、若い経営者でも投資検討することはよくありますよ。ある会社の例では、「その会社の創業メンバーは業界大手の優良企業に数年勤めていたが、まだ若いので個人でお客さんを持つレベルではない。ただ、自分たちの経験から仮説を持って商品開発して営業に出たら、クライアント取れちゃいました」と。そうすると、このメンバーたちには面白い部分があるに違いないと思って、投資検討しよう、となりますよね。
長南 なるほど。日本のベンチャー企業が大手企業から契約を獲得するのは、シリコンバレーのように人脈が絡み合っていないから難しい、というところも土壌として違うんですかね。北海道から東京に戻ってきた後の実際の活動はどのようなものでしたか。
中垣 僕はちょうどマザーズができたばかりの2000年1月に戻ってきたのですが、それに合わせたファンドを作っていました。今では早期上場も当たり前ですが、確か当時は設立から上場まで平均27年かかると言われていました。VCのファンドって7年か10年じゃないですか。僕が新しく配属されたチームもファンドを持っていたのですが、中小機構のお金が入っていたこともあり、設立7年目までの会社にしか投資しない、と。当時からすると、そこそこハードルの高いファンドだったんですね。とにかく新しい会社に投資しなきゃいけなくて、ネットバブルの中で探していこうとなりました。ただ、当時バブルがピークに来ているようにも感じられて、自分は完全にそこに乗り遅れているので、そういう時にレイターステージや株価の高い会社に投資するのが感覚的に気持ち悪くて。
長南 インターネットに絡ませたら全世界の人口がユーザーで、それを掛け合わせると売上が何兆円にもなる、みたいな会社があのバブルの時に有象無象に沢山できましたよね。実際には、売上が立たないから資金繰りに行き詰まって、それだけ潰れる会社も多かったですけれど。
中垣 なので、アーリーでコツコツやれるところを探していこう、と。東京に戻ってからの1件目は、2000年3月に投資をしました。社長1人とアルバイトだけでマンションの一室でやっていた会社で、小さくてまだそれほど注目もされていなかったんですが、初回は3,000万円投資したんですね。社員の採用とかもずっと見させてもらって、6年くらいかかりましたが上場までお付き合いして。縁あって最初の一年での投資は、1社を除いて全て超アーリーというか、シードステージでした。設立間もないような会社を3社かな、その年の投資は。幸い、4社中3社が良い形になりました。
長南 日本だと大企業はあまりベンチャーと取引をしない感覚がありますが、アメリカでは大企業がベンチャーを相手にすることは多いですか。
中垣 そうですね。日本でも流行り言葉になっていますけど、特に今はオープンイノベーションが非常に浸透しているので、VCからの紹介だったり、新しいアイデアを受け付けたり、「探索し続けなきゃいけない」というミッションを持っている人が大企業にはほぼ必ずいます。
長南 それは経営者が指示を出しているのでしょうか。
中垣 はい。オープンイノベーションのチームはほとんど社長直轄です。新しいテクノロジーやサービスをオープンに呼び込むミッションを持っているんですね。その人たちは非常に目が肥えていますし、起業経験者やVC経験者が大企業の窓口にもいます。
長南 日本の政府もベンチャーへ注文を一定割合出すという法改正をしましたが、あれも良い流れの一つではありますよね。
中垣 強制したからといって新しいことが生まれるかどうかはやっぱり難しい部分もありますが、必要に駆られてああいうことをしないと、大企業の中で新しいことが生まれにくくなってきているので、トータルでは意味があると思います。
長南 アメリカではどうでしょうか。
中垣 アメリカでは、企業が外にあるアイデアをどうやって吸収するかということに対して、ものすごく切迫感を持っている気がします。
長南 アメリカの場合、学術的な大学などから大企業、ベンチャー、VCと人が流れているので、ベンチャーにそれなりの経験者がいて、既にネットワークができているから受注を受けられるイメージなのですが、全くの新参者にも可能性はありますか。
中垣 BtoCは大学生など若い起業家も多いのですが、BtoBの世界は少ない印象です。アメリカでBtoBのスタートアップがあれだけ生まれているのは、エンタープライズ・ソフトウェアの大手企業にいた人たちが相当数流れ込んでいて、最初に発想したのが若い人でも、その後ちゃんと経験者がチームとして入るケースが多いからですよね。経験者が自ら起業することも多いですし、それこそインダストリアルみたいな世界は経験がないと中々大変だと感じています。
長南 そこは日本もアメリカも変わらないんですね。
中垣 アメリカの起業家って、もちろん10〜20代もいますけど、30〜40代も多いんですよ。これはシリアルアントレプレナーの場合もありますし、そうでなくても一定の会社で実績を積んだ人が満を持してやっていくことが非常に多いんです。
長南 そういう文化だと一言で片付けてしまえると言えばそうなのですが、何か理由があるのでしょうか。
中垣 直接の答えになるかは分かりませんが、アメリカのスタートアップって事業リスクの大きい会社が多いと思うんですね。だからこそのスタートアップというか。誰がこの事業にお金を払うのか?っていうレベルの事業から始まって、気がつけばものすごい規模の投資を受けることになっている。でも実は、起業家自身は人生としてのリスクをあまり負っていない場合が多いんですよ。どうしてかと言うと、起業する人の多くが若者か実績のあるビジネスマン。若者で学生上がりの人たちだと、2〜3年くらい給料がなくても大学院に行ったのと同じ感覚で事業を始められるし、その事業が失敗しても、それ自体が転職のためのリスクにはほとんどなりにくい。転職文化が元々あるのと、起業して面白いことをやっていた方が、やったことに価値があるので。日本の「新卒じゃないとだめ」という雰囲気とは違いますね。
長南 それは西海岸に特有な考え方なんですかね。
中垣 必ずしも西だけではなくなってきていますが、やっぱり中心は西ですね。AmazonとかGoogleとかでなくても、上場した後も業績を伸ばしているベンチャー企業で40代までやった人たちって、ちょっとした財産を築いている。この人たちは1〜2年間給料がなくても何とかなるし、優秀な方は30代でも大企業に登用されるので、もし転職することになっても大きな障害にはならない。そうなると、起業したからにはVCにウケが良いビジネスをする方が、増資が入って良い給料を貰えるだろうし、それによって成功確率も更に高まるので、事業上リスクになっても、今まで人がやっていないことをやるわけですよ。
長南 そういう動き、日本ではあまりないですよね。
中垣 日本の場合だと、10年働いてなんとか貯めた1,000万円で会社を作って、1〜2人雇って始めるから半年以内に売上が立たないと、みたいなイメージがまだまだあるじゃないですか。実際、30代以降の起業家は今もこの印象があると思います。だから、受託や代理店みたいなことをやらざるを得ず、自社のプロダクトに中々力を入れられないというジレンマがあって。総合的に見ると、日本の起業家の方が残念ながら起業におけるリスクを負っている人が多いと思います。その結果、始めから事業のリスクを負いにくくなりがちだと。
長南 起業のリスクが根本的に違っていて、成功確率も高いとなると、アメリカは優秀な人が出てくる傾向にありそうですね。
中垣 そうですね。成功確率はアメリカが高いとも思いませんが、失敗した時のリスクの少なさの問題です。優秀な人ほどリスクが狭まるので。ただ、そういう人たちもまだまだマイノリティなんじゃないかと思います。僕の友人の話なんですが、大学院を出た後に起業したいと親に言ったら、何を言っているんだと反対されて。結局IBMに入って、親は大喜びだったみたいです(笑)と言っても、彼は我慢しきれずにその後起業するわけですが。シリコンバレーがアメリカの中でも特殊なのかもしれません。